インタビュー「私と仕事」
第11回 ピア・カウンセラー 羽入田幸子さん 2008・11
私は羽入田幸子さんにお話を聞きたいと思い、盲導犬のネルーダと、長野市の『エンパワメントセンター まい・すてっぷ』を訪ねました。
『エンパワメントセンター まい・すてっぷ』は、『社会福祉法人 信濃の星』の一部門。身体障害者を中心とした様々な障害者の日中活動の支援と、相談業務を行う地域活動
支援センターです。羽入田さんは、この『まい・すてっぷ』が、長野障害者自立支援センターとして発足した当初から、10年間働いています。
羽入田さんは、昭和29年生まれ。交通事故によって首の骨が折れ、頚髄損傷になりました。自分では体を起こせず、寝返りも打てませんが、わずかに動く右手で、できる
ことをしています。羽入田さんは、私が深く信頼するピア・カウンセラー(仲間カウンセラー)です。
- 里枝子
- 「羽入田さんは、『長野県雇用開発協会』をご存知でしたか?」
- 羽入田
- 「はい。『長野県雇用開発協会』の協力で、助成金をいただいて、このセンターのトイレを改造しました。ここでは私と、もう一人、車椅子の女性が働いているので、便利に使っています。自分たちのためだけじゃなくて、障害のある方が相談にみえたり、地域活動支援センターを利用するにあたっても、安心して使っていただいています。」
- 里枝子
- 「さて、羽入田さんは、運転者の過失でおきた交通事故の犠牲になって、突然受傷されたのでしたね。」
- 羽入田
- 「はい。私は、助手席にいましたが、車がぶつかったときは下を向いていたので、前は見ていないんですよ。後部座席の人の、「あー!」という声を聞いたのを最後に、意識がなくなってしまったんです。意識が戻ったときは、指一本動かせないし、呼吸が麻痺してしまったので、人工呼吸器を付けていました。それから3年間の入院が始まりました。」
- 里枝子
- 「それはどうしてですか?」
- 羽入田
- 「女性がする仕事として、気になる部分は、不特定多数の人の体に触らなければいけない点、特に一番怖かったのはセクハラみたいなこと。見えないことが弱みになって、いつも危険を感じるんじゃないかと。」
- 里枝子
- 「悪夢のようだったでしょう・・・。」
- 羽入田
- 「そうです。でも、最初はまだ、治ると思っていたんです。1年たった時に、ドクターから、1年までに動いた部分は、これからも動くけれども、それ以上にはならないと聞かされて、本当にショックでね。将来を悲観しました。こうして天井を見たまま一生を過ごすのかしら・・・自分はまだ若いのにって。」
- 里枝子
- 「お幾つでしたか?」
- 羽入田
- 「19才です。底が抜けたエレベーターに乗ってしまったような、怖くて暗い中に自分だけ置いていかれたような、大きな不安でした。」
羽入田さんは、退院後、三水村(現在の飯綱町)の自宅で、家族の介護を受けて過ごした。29才の時に『長野県リハビリテーションセンター』に入所。3度の入所によって、電動車椅子を使えるようになり、パソコン操作などを習得。そこでの経験は、大きな転機になったという。
- 羽入田
- 「残った機能をどうやって使っていくかというリハビリが主だったんです。道具を使ったり、工夫をすることで、わずかな力で色んなことができることが段々わかってきて、それが自信になりました。たとえば、車椅子から便座に移れないのに、自分で排尿ができる魔法のような方法を作業療法士さんと一緒に工夫して体得しました。そのおかげで、一人で外出や、留守番ができるようになって。それと、リハビリセンターでは、仲間との出会いがあったんです。色々な障害を持つ人と接しながら、その中で安心して自分のことを話すことができました。家族には言えなかった気持ちや思いを話すことによって、改めて自分の障害と向き合えるようになったのだと思います。障害を持った悲しみや悔しさは変わるものではありませんが、現実の自分を少しずつ受け入れることができたように思います。その時点から、ようやく、『私のこれから』を考えられるようになりました。あれが、私にとってのピア・カウンセリング的な効果だったんだなあと感じています。」
- 里枝子
- 「そうやって培ってきた関係が、お互いに安心して相談しあえる基礎になっているのでしょうね。ところで、羽入田さんは地域での自立生活を実現され、そして、仲間たちの自立生活を支援するピア・カウンセラーになりました。そのときのことを教えてください。」
- 羽入田
- 「私はリハビリセンターを退所して自宅に戻った頃から、今のような自立生活を望んでいたのですが、平成10年の長野オリンピックが終わったときには、療護施設に入所していて、まだ何の見通しもありませんでした。ところが、その年の5月に障害者用の県営住宅の入居募集があり、幸運にも入居が決まりました。同じ時期に設立された民間の自立支援団体に支援をお願いし、療護施設の協力もあって、おかげで9月の末に入居できました。『まい・すてっぷ』の開所はそれから間もなくの10月1日だったんですよ。新たな生活と仕事がほぼ同時に始まったので、何が何やら、もう夢中でした。」
- 里枝子
- 「障害者住宅での初めての独り暮らしはいかがでしたか?」
- 羽入田
- 「私たちの障害者住宅は思った以上に広くて、電動車椅子で十分動けることが、私には、まず嬉しいことでした。ああ、ここが自分のお城なんだ!どこに何を置くとか、全部自分で決められるんだなあと夢を描きました。嬉しかったですよ、本当に。それから、障害のある私たちが自分の生活をつくるためには、介助が必要です。私の場合、毎日必ず必要な介助は、寝る前と夜中と朝起きる時。休みの日には、ヘルパーさんに、まとめて調理や掃除や洗濯などをしていただきます。特に料理は、私の場合、カレーひとつにしても、ジャガイモは、こういうふうに切ってくださいと、そこまで言います。手は借りるけれども、自分のやり方で、思い通りのものができると、ヤッター!って感じますね。」(笑い)
- 里枝子
- 「それが自立生活の喜びですよね。自己選択・自己決定・自己責任。その実践があってこそ、羽入田さんのピア・カウンセリングが実のあるものになっているのだと思います。この職場へは、どのようにして就職しましたか?」
- 羽入田
- 「民間の自立支援団体の中から推薦していただきました。私自身は、特にこれが得意だとか、こんな仕事をしたかったというのが前からあったわけではなかったですけれど、障害をもったことが、私の資本になっているんだなと思います。障害をもってから25年。44才のときでした。」
- 里枝子
- 「羽入田さんは、ピア・カウンセリングとは、どのようなものだと考えますか?」
- 羽入田
- 「自分の気持ちを言葉にして外に出すと、その言葉が今度は自分の耳を通して自分の中に入ってきますよね。そうすると、心の中に閉じ込めていたときには気がつかなかったことにふっと気がついたり、自分の気持ちを確認したりすることができるんです。でも、相手が誰でも良いわけではありません。安心して話ができる仲間だからそれができるのです。そうだねと共感し、大丈夫だよと励ましてくれる仲間の言葉によって、自分がここにいていいんだと思えるのです。ピア・カウンセリングは、必要なときには情報提供をすることはありますが、基本的にはアドバイスはしませんよね。それは、自分自身が気づき、どうしたら良いかを考える力をもともと持っていると信じているからです。自分の存在が肯定されることで、その力が呼び覚まされるのです。話を聴き合ってサポートし合いながら、互いに自分の生活や心をより豊かにしていく、その過程においてピア・カウンセリングはとても重要なものだと思っています。私自身、この10年、自立生活を続けてこれたのは、同じ団地に暮らす仲間の存在があったからと、はっきり言い切ることができます。」
- 里枝子
- 「ピア・カウンセラーにとって、仲間たちが本来の自分を取り戻していく姿を見るのは、最高の喜びだと思います。そんなケースについて、少しお話いただけますか?」
- 羽入田
- 「ある女性が、外に出るチャンスが少なくて、家族の介護で過ごしてこられたのですが、お母様が高齢になって、段々介護が難しくなってきました。それで私の方にお話をいただいたのです。すぐに訪問をして、ヘルパーさんが入ることになりました。それと、お家から外へ出るスロープが必要でした。そのスロープはどんなものがいいか、介護用品の会社の方と相談して、実際にその方に家まで行ってもらって、彼女は車椅子のまま気軽に外に出られるようになりました。また、社協の福祉自動車の利用手続きやタクシー利用券の申請のお手伝いをして、通院もできるようになったのです。そういう方から、『美容院に行ってきました』とか、『本屋さんに行って来ました』と報告をいただくと、ああ、良かったなあと思います。そういうことは自分の経験してきたことでもあるから、情報提供ができるんです。」
- 里枝子
- 「施設を出て、新たに自立生活を始めた方もいますか?」
- 羽入田
- 「はい。その方は男性で、頚髄損傷なので、排便のコントロールが必要なんです。頚損が集まればトイレの話って笑われるんですけれど、大事なことなんです。座薬を使うとか、浣腸するとか、それでも、午後また失敗してしまうとか。そんな話をお互いにできるんですよね。」(笑い)
- 里枝子
- 「そういうことは健康な人は知らない部分でしょうし、一人で悩めば落ち込むことが、話せる相手がいれば元気がでる。まさにエンパワーメントですよね。それにしても、優しくて、もの静かな羽入田さんが、どんなことでも堂々と受け止めていることを思うと、心強い気持ちです。」
- 羽入田
- 「いつのまにか押しも押されもしないプロの障害者になりました。」(笑い)
- 里枝子
- 「最後に就労を希望している仲間に、メッセージをいただけますか?」
- 羽入田
- 「私は高校を卒業して、普通の会社の事務をしていた平凡な人間でした。でも、障害をもってこうやって仕事をさせていただく中で、自分でも思っていなかった可能性や力を引き出してもらったなあと思うんです。もちろん、職場の皆さんの理解があっての上でですが。だから、皆さん、自分の力を信じて、あきらめないで挑戦してほしいと思います。ここでも昨年、50代の女性に仕事の話がありました。残念ながら就職には至りませんでしたけれど、その方は、生まれて初めて履歴書を書いた、その体験がとっても嬉しかったそうです。そんなふうに願いを持っていれば、チャンスは、きっとくると思っています。」
「エンパワメントセンター まい・すてっぷ」は、長野駅の東口からメルパルクに向かう道沿いにあります。取材に伺った日は、4、5名の利用者が、若い実習生たちや、スタッフたちと、和やかに会話する声が、相談室の向こうから聞こえていました。
「エンパワメントセンター まい・すてっぷ」では、障害者だけでなく、その家族や関係者からの相談にも応じる他、様々な講座や、食事の企画などもしています。障害のある人も、ない人も、ぜひ気軽に顔を出してくださいとのことです。
エンパワメントセンター まい・すてっぷ
住所: 長野市栗田1038−8 ゆたかビル1階
電話: 026(268)0666

